2012年3月23日 (金)

それでも春が。

何しろもう春の彼岸もすぎましたが、寒いですねえ。

今年もねえ、実はなかなかエキサイティングなんですよ。

先ず年明けは星組の「オーシャンズ11」×2回、
古田新太主演の「ロッキー・ホラーショー」×2回、
東京事変のラストツアー「Domestique Bon Voyage」×2回。
(事変の2回目は、映画館での千秋楽のライブ中継です)
しかも今年はかのラブリー氏が、なんとタケミツメモリアルでコンサートをやるというので、がっつり来週末に潜入する予定にしています。(こればかりは、またもや高額チケットで。)
もう、2012年も前半、のっけから大興奮の大判振る舞い。

もちろん、今、渋谷パルコパート1で開催されている、
『小沢健二「我ら、時」展覧会とポップ・アップ・ショップ』にも足を運びましたよ。
展覧会に入る前に憚りに……と思ったらそこはそれ、渋谷の若女子どもでそこが混んでましたので、まあ後でもいーや、なんつって先に展覧会に入ってしまったところ、それがその、じっくり愉しむ(祭日で混んでいたこともありますが)には軽く2時間くらいはかかるすてきな迷宮でして。
もし、これからあの「最高にユーザビリティは悪いけど、最高にラブリー君らしい、メンドクサくもひそやかで、己の五感が鍛えられ且つ試される展覧会」(←褒めてるんですよ、これは)に渋谷パルコのみならず、他の開催地でも行かれる方は是非にも!!
……お手洗いだけは先に済ませておいてください。

そして今日、(22日)待ちに待った!!「青春の玉手箱」が手元に届きました。
それはもう、箱から、内包されてる品々や本の手触りから我が目に入ったときの愛くるしさから!!それをやっぱり且つさっぱりと表現するなら、
「ラブリー」「過ぎぃ」?!

ちなみに前述のポップアップショップでもそれは展示されていたのですが、手元に届くことを前提に、そのギフトボックスの中身については敢えて詳しく確かめたりしませんでした。
むしろ、ショップでは20日時点では最早売り切れになっていた、なんとも言えずに美味しそうな「薄いあずきいちご色」のNYティーシャーツ、ですとかにあたくしは未練たらたらでして、もう、大変でしたよ。(駄々っ子のように)

玉手箱が届いた今日、あっという間にその内包物たる一冊、「ドゥワッチャライク 1994-1997」を読んでしまったのですが、つくづくこの箱を形作っている全てが、あまりにも可愛いくて大事にしたくなる魔法がかかっているので、正直弱りました。
ですからこそ、私と同じく「青春の玉手箱」が今日あたりに届くのを楽しみにしていた良人が帰る前に、我慢ならずにあたくしが一人で玉手箱の半分くらいの品々の封を開けてしまったことに対して、

「コレを開けるに際し、ワシは手を洗った!!石鹸でゴシゴシと!!」と言い訳をしなければならないほどに。

ちなみに、良人のために、この珠玉の玉手箱を「開ける愉しみ」を写真に残してみたりもしました。しかし、それは後日載せます。うっかりデジカメで撮影したら、接続コードが見つからなかったので。
(普段わたくしは携帯撮影ゆえ、良人が寝た後コード発見できず。慣れないことをするものではないです)

展覧会のことなど、色々と書くのはまだ時期尚早かと思うので、タケミツメモリアルが終わった頃にしましょうかね。(ホントに書くのか?!)
良人は、ワイシャツのボタンを「玉手箱」に入っていた貝ボタンにする!!とか言ってますが、勿体ないからしませんよ。やるなら、あたくしのシャツにします。

ああ、今回、年始からの「ひふみよ2012.3.4」物語(もちろん未完)についてご存じない方(……しか、ここの読者様にはいらっしゃらないでしょう)には、何のことやら本気で分からないお話で申し訳ないうえに、そもそもご興味の無い方に此の度はレコメンドのしようもございません。

とはいえ、「また管理人が分からないこと言ってるけど分からないとちょっと気色悪い!!」という方はどうぞ、

たろう夫婦の→「青春の玉手箱」

をうっかりご覧じ下さい。そしてお探しください。

さて、かようにあたくしは「いい感じ」ですが、

毎日は、如何ともし難い悲しい出来事の数多と幸福な出来事の数多で美しかったりその逆であったりと、そこに居る「誰か」が切り取る時間で表情が全く違うものなのでしばしば混乱してしまいます。

それでもこの「春」という季節、特に日本では待ちわびたりその逆に何かと寂寞としたりするものではないかと思うのですが、それが出来るだけ多くの人が待ちわびる、ふかふかの柔らかさであればいいのにと、考える、うーん、違うかな。
そう、敢えて単純に「思ったり」しています。
きっと春を考察したら、限(きり)がありません。

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2012年3月 3日 (土)

なくせないのは損かしら

もう3月ですが、寒いですね。

私は寒かろうが暑かろうが、まーったく関係なく一年中、一杯目はビールです。
二杯目もビールです。その店のビールが美味ければ三杯目もビールです。
最近ではビール2、3杯の後にハイボールに切り替え、その後は続く限りハイボールで行く、というのが外呑みの基本パターン。
(家呑みは、また違う。)

飲酒暦もだいぶ長くなりましたが、なかなか小綺麗で巧い酒の飲み方というのは身につかぬもので。
先週もついついバカ呑みして翌日一日を棒に振りました。
ああ、つらいつらい。

そんな折、本屋にてこんなタイトルの文庫本が平積みされているのを見かけたのです。

「酔って記憶をなくします」(新潮文庫 石原たきび編)

酒飲みとしてはついつい手にとってページを捲りたくなるよなタイトルじゃありませんか。
ひょいとつまみあげ、ちょっと内を拝見してみると……これが。
親が鷹の割りにゃあボンクラそうな子で、まえがきに堂々と、「mixi内の(同タイトルの)コミュニティの投稿をまとめたもの」なんてなことを書いてあるじゃありませんか。

それって天下の新潮さんが文庫で出すようなものなのか。なにを今さらシロウトのふんどしでつまらぬ相撲をとっておるのか。

かような下等な志の本を購入するなどという己自身の心外さに憤慨しつつも、400円ならまあいいか、と結局買ったんですけどもね。
(めんどくさい、いちいちめんどくさいよ、私。)
買っちまってどうだったかといいますと。
そらやっぱりネタ元がmixiなので20代の方の投稿、しかも全体的に女性からの投稿が多いんですよ。

20代ましてや前半、なんてのは男女問わず当然のこと駆け出しの酒飲みなのであり、そんな可愛い方々の失敗談は正直さほどおもしろくもないんです。かといって大人(とくに女性)の失敗は、もちっと加齢具合に見合う華麗さくらい残して呑めないものかね?と、それがリアルな話であればあるほど、同世代としてはこっ恥ずかしくて背中がムズ痒いわサムイわで仕方ない。

中にはこの投稿、もしやネタでは?と思うほどに超B級ナンセンスな話もあり、(よくよく見ると同一人物の荒唐無稽な投稿が案外何回も採用されていたりするあたりも実に怪しいのですが、)万一にもコレが100%天然自然でひとつもネタなどないものなのだとしたら、日本って、いっそ警察も要らないほどに道徳観に富んだ親切な人々しか住んでない究極のユートピアなんじゃないかとすら思えてきます。
もはや笑えるなど通り越して、心配のあまりフィクションであって欲しいネタが大半ということです。ご本人はもとよりご家族ご友人、果てはご近在やら行きずりの方々までをも巻き込みながら、スタントマンまったく無しの危険に晒されておるのですから。

もちろん、本当に笑えるネタも10編に1編くらいは差し込まれてるので、時間つぶしにちょっとした喫茶店でコーヒー一杯で粘った、と思えば許せるもの、やはり積極的にレコメンドできる本ではなかったなあ、と。
じゃあ、なぜ取り上げた?!といわれれば、そりゃ、タイトルが圧倒的に良かったからですよ。

ちなみに、「酔って記憶をなくせません」派のあたくしですが、そういう人は案外、失敗しても面白くないんです。
何しろ酔っ払いの定番、「電車の乗り過ごし」ですら99%やりません。ましてや人前でのリバースなどはもっての他。
「記憶なくします」派の人はそもそも第三者の証言を元に自分の消えた記憶をたどたどしく辿る分、第三者が多少話を盛ったであろう部分を含めた面白さもあるのではないかとは思うものの、「記憶なくせません」派は自前の記憶装置で憶えているだけに、もしかしたら他人から見たら面白いかもしれないネタも、本人にとっては面白くないどころか全く持って面目ないことにしかならぬのです。
おそらく「記憶をなくします」派の方々は「なくせる」からこそ、まるでフィクションのような大失敗を堂々と繰り返せるのかもしれませんね。

で、まったくもってオチが見えてこないのですが。
最近、バカ呑みしてもキョーレツな二日酔い以上の、翌朝面目ないほどの失敗をしでかさない自分がちょっとばかりつまらないわけなんです。
「記憶なくせません」派としては、気づいたら野宿や流血階段落ち、果ては線路を徘徊、なんてのはゼッタイ嫌ですが、ハッと気づけばイケメンの隣、差し込む朝陽で目覚める、なんてベタな状況でしたらまんざらでもないです(……。)

……ああ、でもそれ、肝心な「トコ」を憶えてなかったら、まったく意味ないですね。

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2012年1月11日 (水)

新年のごあいさつ。

皆さま、おそくなりますのは毎年のことではございますが、
新年、あけましておめでとうございます。

昨年は大きな災害もありまして、とても大変な一年でした。
とにもかくにも新しきこの年が、着実に誠実に、少しずつでも穏やかな方へと向かう足固めの一年となりますよう、まずは年頭におきまして、心よりお祈り申し上げます。

さて、新しい年を皆さまはどんな一年にしよう、なんて考えていらっしゃいますか。
わたくし今年はですね。なんといいますか、全体的にノープランなんですの。
良くも悪くも気負い無し、といいますか。

それというのも実はですね。
人生半ばも過ぎたところで我が半生を振り返れば、あたくしったら何事も人並みにですら努力した覚えもなく、何か自分自身の力でコレを手にした、という実感ひとつもなく、そんなあたくしの半生、何の根拠もないじゃない?!ということにいまさら気づいたりいたしまして。

だからってここで一念発起、という方にも行かず。

四十も幾つか過ぎてやっと、自分がまことに大したこと無い人物だと、やっと認められるようになるなんざ、切ないっすなあ、なんて、自分の無根拠ぶりにすっくり納得しちゃったといいますか。

ではいままで。
あたしゃなにを根拠として40年も図々しく生きてきたのでしょっかね。
おそらく、毎日のちょっとしたことなど、
なるべくなら誰の前でもご機嫌でいるとか、小学生の列の前では遅刻寸前でも信号無視しないとか、※公共の乗り物の中ではボリボリとものを食べない、化粧しない、大声出さない、酒飲まない、屁をこかない、などなど、そーいうなんでもないことをなるだけ誠実にやってきた、だけだったりするんじゃないのか?ということにやっと気がつきましたよ。
「気づき」としては、遅れすぎてますが、それだけでもまあ、いいじゃないか、と。

まあそんなこんなで、自分のダメさ加減を受け入れ心穏やかに年明けまして。
先ず何を始めたかといいますと、震災後にしばし読書拒否状態に陥ったために積読状態だった書物をぼちぼち片付け始めました。

そうしましたらですね、
「アリアドネからの糸」中井久夫:著(みすず書房)
という御本の中に、年始早々わたしの心にジャストフィット、「わーお!!」という感嘆とともに納得の嘆息が出るよな一節がありましたのよ。

「私が自分と折り合いをつけられる尺度は私が他者と折り合いをつけられる、その程度である」(もちろん、引用)

この観点で自分や他人を観ると、驚くほど的を得ていると思いませんか?
ちょっとご自身を、そして貴方が気になるあの人のあんなやらこんなやら、(まあ、恋するだれかさんのことより、いわゆる「めんどくさいヤツ」を思い浮かべるとよりおもろい)をこの一節に当て嵌めて思い巡らせてみてはいかがでしょう。

というわけで。(いきなりしめたな。)
今年はノープランなりにも慌てず誠実に。
目前のことをじっくりとやっていきとうございます。

そしてガイチさんには、積年の恋心をがっつり取り戻させてくださるような、「DREAM FOREVER」的なお仕事を、是非今年も観たい、あーいう楽しい作品にでしたら、なんべん出られてもまったくかましまへんのですよ、と、そうお伝えしたいです。
お美しいったらありゃしなかったですねえ……(ため息)
とはいえ、あたくし、とっても欲張りなので、「DREAM FOREVER」的な中に「女装」があるともっと嬉しいです。ええ、「女優」じゃなくて「女装」です。それはガイチさんにお願いするところじゃないですか。そうですか。
酒井先生にでもお願いしてみようかしら。
ご迷惑だからそこまでのことはしない、くらいは自分と折り合いをつけておりますので、どうぞ皆さまご心配なきよう。

何はともあれ、ここで私が新年から戯言を申し上げられますのも、ガイチさんはもちろん、HPをご覧になってくださる皆さまあってのことと、今年も年頭に心よりの感謝申し上げますとともに、今年もぼちぼちのペースで活動いたしますので、どうぞお見限りなきよう、何卒よろしくお願い申し上げます。

※新幹線、飛行機など長距離移動の乗り物の中では、飲み食いに限り、いたします。(トイレ洗面設備があればまあ、化粧もすれば屁もこくか。)

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2011年10月 8日 (土)

非日常の連続に思う、人類の直感と思考による選択のバランス。

先月、関東地方にも大型の台風が上陸いたしまして、東京人が暴風雨の中を右往左往している有様がニュース映像で流れるのをご覧になった方も多いと思いますが、いかがでしたでしょうか。

台風一過のお彼岸に、墓参しての帰り道。
田園地帯を車でバーっと走るわけですが、(←どんな都会に住んでるかバレちゃうなー。)
しっとりと濡れてしおれた田園に白鷺なんぞが緩やかに空色を斬って降り立つ様などなかなか風情があるものです。

きっと、涼やかに田園を彩り集う白鷺達は、先日の大台風の折りなんかでも、暴風雨でどうにも飛べないから徒歩でねぐらに帰ろうとしたものの、橋の真ん中でにっちもさっちも行かなくなって立ち往生したり、……などというようなことは決してせずに、どこぞでひそやかに避難、じっとあの暴風雨を耐え凌いでいたのであろうな、ああ、なんと白鷺は美しくて賢しいのであろうか、それにくらべて人類よ……と少しばかり物悲しく思へた秋の晴天。

しばしば人が、生命の危機と対比して選択するべき価値をいとも簡単に見失ってしまうのは、思考という素晴らしい(らしい)能力があるせいではないかと。

ちなみに。
黒く賢しく美しく~♪の鴉たちも台風当日はどこかできっちり避難していたのでありましょう。台風一過、いつもの通り近所のゴミ集積所に集まった彼らは、鴉よけの網もなんのその、嘴を器用に網目の隙に突っ込み、ビニル袋をやぶってはゴミををついばみそこらをとっちらかしておりました。ああ、鴉も賢い、ほんとに賢い。
きっと彼らはその優れた本能と生きるによきほどの賢しさで、人間の過ぎたる小賢しさを鼻で笑っておるのかも、知れません。

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2011年7月23日 (土)

諦めは賢者の美徳に非ず。

皆さま、こんばんは。
長いこと日記を書かなかったので、もしかして大震災と原発事故のショックで廃人と化してるのか?と思われてそうですが、かなり元気、というか仕事の方が忙しくなり、(←経緯は話すとつまんないのに長いから割愛)元気を出さにゃやっとられん按配で生きておりました。

時間も無いけど時間が出来ても何か書こうと思えば「今後原発はどうすんのよ?」というなんとも扱いの難しい記事になってしまい、そうすると調べるのも書くのも時間がかかるじゃないですか。
おかげさまでドツボにハマって書いては捨て、書いては捨て、を繰り返しておったというわけです。
勿論、紙原稿じゃないので本当に捨てているわけではなく、PCのフォルダに保存してあるのですが、読み返すともう、地震の後はこの問題でコイツったら頭いっぱいなのだな、ここをクリアしないと、コイツは先に進まない気なのだな、というのがよーく分かります。

あたしだって、本当は他のこと書きたいんですよ。
大地震の前日に雪組のロミジュリ観に行ったこと、書きたかったんですよ!
大地震の当日、10日に観たロミジュリがあまりに良かったから、もう一度チケット探しに行こうと思ってたですよ!!(勿論、それは果敢無くも予定に終わった。)
結局それからも決死の覚悟で毎月宝塚の舞台観てるんですよ!!
橋本じゅんの主演舞台だって観に行ったですよ!!
ゲキシネ×薔薇サムだって、公開翌日には観に行ったですよ!!
オリジナル・ラブのフリーライドツアーにも行ったですよ!!
さらにはニューアルバム「白熱」についても書きたいんですよ!!

……秋の公演予定もきちんと整理してアップしたいとですよ……

じゃーそーしなさいよ!!(とくに最後のところ)といわれそうですが。

今日のところはよしときます。
それらの楽しい話を今後すっきりとした気持ちで話すために、とりあえず今つっかえている塊を書いておきます。
こっそりと。(こっそりなのか。情けないな)

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