観劇(宝塚)

2008年11月 6日 (木)

腐りかけが一番美味いのかも?

もう11月なんですってよ、やーざますわね~!
時を駆けるおばはん、逃げ足と終電を追う足だけはとっても速いの。

てなわけで既に先月になりましたが、宝塚一「ハエ叩きとゲテモノスーツ」が似合うユウヒ様を拝みに青年館へ行って参りました。

ところで石田先生ったらいきなり面白いんですのよ。
「石田作品だって、針で目を突きバチで殴られ階段から転げ落っこち、…柴田、正塚作品に負けず劣らず危険な愛を描いてる!」
とか言ってみたところ、
「同じ危険でもリスクとデンジャラスは違う!」
とスタッフの方に注意されたなどという爆笑エピソードをプログラムの中でご披露して下さって。

きついご冗談はさておき。(え?石田先生はマジですか?)
先生はプログラムにて、作中人物たちの人間関係を
「依存の糸を断ち切れない人の物語」と、ご説明されていました。
そう思って銀四郎とヤスの関係を見なおしてみると、確かに彼らは加虐者被虐者の関係でずるずると共依存しているように見える。
一度意識すると、もはや二人の関係はそうとしか見えなくなってくる。
…ってそれ、心の病の一歩手前じゃーん!!
初演を観たとき、そこまで思い至らなかったのは、私が若かったからなのでしょうか。

十二年前、久世さんが演じた銀ちゃんは、ヤンチャさの中にもじめじめとしたウェット感があり、若干落ち目の中年男のネジけぶりがよく沁みこんだ銀ちゃんだったように思うんです。
欲もコンプレックスもタンマリ抱えているのがスーケスケ。殴る蹴るのボーリョクも一切の迷いが無くて、いっそ爽快。
そんな「王道」の銀ちゃんに対して幸さんが演じたヤスというのが、「新劇上がりの元インテリ臭」がそこはかとなく漂っているようなヤスで、崩れているようでいても、どこか堅気な臭いがするタイプ。
大好きな銀ちゃんに殴られ蹴られ、それでも銀ちゃんを男と慕い付いて行く。
…そんな自分の被虐趣味を客観視している自分が右斜め上あたりに居る感じ。
銀ちゃんへの思いも小夏への想いも、もはや虐げられる男の負の美学、という感じすらしないでもない。
そんな風に、激しく屈折しつつも正気なヤスだけに、階段落ち前夜に見せたヤスの突然の暴力がとてもとても恐ろしかったんです。
興奮が治まった後、膝を抱えて背中丸めて切ない胸の内を小夏に語る姿が、とてもとても心に沁みたんです。
銀ちゃんや小夏への溜まりに溜まっていた負の感情が弾けて人が変わったように粗暴になったヤスのやりきれなさや、マジメな人間が突如キレた時の重みがズシンと響いたように思うんですよね。

対して今回のお芝居はどうであったか。
ユウヒ氏の演じた銀ちゃんはカラっとしていて明るく、それなのにどこか乾いた孤独感のある銀ちゃんでした。
でもユウヒ様の銀ちゃんったらメチャクチャすらっとしていて美「青」年だしぃ~、ゲテモノスーツが最新モードか?と見まごうほどに超キラキラしてるしぃ~…いえ、別に初演と比べてとかそういうことじゃなくーーー。(←このイイワケがむしろドツボ)
ユウヒ氏の銀ちゃんはお子ちゃま的ヤンチャパワー全開でさらりと身勝手、無反省。だからこそホントーに憎めない。
そしてそのように、「赤ちゃんダダっ子王参上ーー!」みたいな、いっそ保護欲さえそそられる銀ちゃんにべっとりと付き従ってボカスカと被虐されている華形氏のヤスなんですが。
これがもう、とってもとってもウェットな感じなんです。キノコ生えるくらい湿ってる上に軟体動物?と思うくらいに態度がのらーんとしてる。ヨレヨレの猫背に卑屈歩き、太すぎる眉など、最早元が二枚目系とも思えぬ凝ったイレモノ作り。
もしもこのヤスと道ですれ違ったら、「是非とも避けて通りたい人」オーラ抜群。
ルックスもハンパない作りこみで大したものでしたが、今回のヤスに一番感じたもの、それは「ウツロさ」なんです。
自分の心内に抱えている空ろさ(なんで空ろなのかは知らんけど)を、銀ちゃんと小夏との歪んだ関係で埋めよう、埋めようとしているように見えて仕方ない。
心底マジで銀ちゃんとの関係性にべったりと依存して生きているように見える。そこに自分の居場所を求めてやまないっぽい。
んなもんだから階段落ち前夜、最近ちっとも自分の期待通りに「暴力ボカスカで冷たく接してくれない銀ちゃん」に憤懣爆発して、小夏を相手に暴れている姿を見ても、
「あーねー。このヤスはやるねー、いつかやると思ってた」
と、客観的にこちらは納得させられてしまうという。
それがむしろ不気味で、とっても恐ろしかったのです。

おそらく、私が大人になったことをさておいても、再演の銀ちゃんとヤスの方がより、人間関係の異形さに焦点を当てたつくりになっていたように思うんです。
そしてこの方が多分、今の時代に合っているように思うんです。
石田先生はこの二人の関係を「依存と束縛」とも仰っていたのですが、原作者のつか先生は「腐れ縁」と仰ったそうです。
もしかすると初演の方がつか先生の意図したところには近いのかも知れません。
銀ちゃん、ヤス、二人ともどこかが決定的に卑屈でコンプレックスだらけの人間だけれども、彼らなりの映画人としての美学、男同士のちょっとヘンテコで困った友情が綺麗にフォーカスされていて。
いずれにせよ、銀ちゃんとヤスの関係のややこしさ、いや、ヤスという男のややこしさ!!は初演でも再演でもただごとでないことだけは確かです。
ボカスカされようが身重の愛人を押し付けられようが、銀ちゃんを慕いワガママぜーんぶを受け入れ続けるヤス。
一見、ドSとドMの、需要と供給が合致した名コンビにも見えるこの二人。
しかし蓋を開けてみると、ヤスの度を越した献身で逃げ場がないほどに束縛されていたのは、実は銀ちゃんの方ではないかいな、と。
「階段落ち」なんてやったところで、誰の心が一番満たされたのか、と。

どんなに酷く扱われても相手に尽くしてしまうのは、孤独感からなのか、自尊心の激しい欠落か。

本当にこの作品は笑って泣いて、深く考え込んで…。
ド派手でお下劣で浪速節チックな外観によらず、かなり手強い作品でございました。
ここのところのバウもの再演ラッシュってどうなんだろう??と思っていた折、こうやって色々と違いを楽しめる良質な再演ならば悪くないな、とウッカリ思わされてしまったワタシってばなんとまあ、チョロいお客でしょうか。

きっと銀ちゃんでなくとも誰もが生まれた時既に、背中に孤独の「孤」の字を背負っている。
ところが、過剰に親密であることが友情や愛情、信頼の契約書だとでも言うように、ジリジリと相手との間合いを物理的に詰めて擦り寄らずには居られない人も結構多い、なんてなことに気が付いたのは、確かに最近のことです。
孤独を怖れる人達がチマタに溢れているからこそ、SNSなんてな「親密感醸成装置」が流行ったりするんでしょうね。
石田先生、ある意味すごいじゃん、今回の銀ちゃんてば時代を読んでるじゃん!!(ち…違うかも。)

というわけで。(どういうわけだい。)
人間関係も「腐りかけ」が一番美味いからこそ、こんなややこしい関係の依存症になる人々が居るのかも、知れません。

| | コメント (0)

2008年10月25日 (土)

カレシを作るなら

くわぁあああああ!!
と、秋の夜長に奇声一発。

男役、一口に男役と言っても様々なタイプの方がいらっしゃるわけですが、私はとある基準で男役さんを分けております。

南国ビーチでの熱々デートを想像したときその方の、
「愛らしいビキニ姿が想像できる」
「海水パンツ、もしくは褌姿しか想像出来ない」
そのいずれかで。

ちなみに現役時代のガイチさんはもちろん前者であり、まあ私の嗜好から言ってもどちらかと言うと前者でいらしてくれる方が色々と好ましいわけで、といいますかいくら現役男役さんとはいえ、後者の妄想が容易に出来る男役さんと言うのはさすがに数少ないわけであり、少ないとかそういう問題以前に、それが想像できるってのはどーなんだ?という話なんですけれども、ミズナツキ様ってそうじゃありませんか。
レーザーレーサーなんか着てイカした(←死語?)ゴーグルつけたりしてあのリッチな白い歯でニヒルに微笑まれたらもう、失神するほど男前なんじゃないかと。
過去にはコヅキワタル様が私の中でこの括りだったのですが(どちらかと言うと褌系?)ワタル様もいまやすっかりお美しい女性となられていやはや慶ばしい限りでございます。

と、いきなり失礼きわまりない戯言を申し上げましたが、要するに東宝で雪組観劇をしてきたぞ、と。
ミズ様の丈長めのキリリとした男らしい輪郭やら翳りあるシルエットやらに萌え萌えしてきたと、そういうことらしいです。ハイ。

さて、そんな海水浴デートすら容易に想像できる男前、ミズ様率いる雪組の「ソロモン&マリポーサ」
オギー先生&M塚先生という宝塚きっての精鋭コンビの新作はいかがであったか、今宵はねっちり語りたい次第でございます。
先ずオギー先生のショー「ソロモン……」ですが、まー言うたらパなく練られたショーで一度観たくらいではとてもとても。
この作品を最後にオギーがタカラヅカを去ってしまうなんて本当にウルトラションボリです。
闇に怪しく浮かぶ日食の、日輪がじわじわと紅の閃光を放ちリングになるなんてな抜群のビジュアルを幕開きから魅せてくれます。
構成、音楽、空間から色使いから丁寧に考え尽くされた極上リッチで濃厚なショー。これが30分なんて!
くくくく。勿体無さすぐる……(けど、30分だからこそのリッチ感というのもありか?)
もう、途中からはオギーの作り出す、隠微なのにどこか儚げな透明感のある魅惑的な画像に肌がプツプツと粟立つほどでした。
なかなか無いですよ。鳥肌立つほどこりゃスゲエエエエーー!!と思う作品って。
いやね、ヒッジョーに各方面に申し訳ないとは思うんですけどっ。
オギーを失ったら、他の座付きの先生では誰一人としてこのグレードのショーは作れないと思っちゃいましたね。思っちゃいましたよ。
他の先生方を宙吊りにして頭フリフリして「さあ、頭ん中のアイディアを洗いざらい出せー!!」と軽く拷問したところで、あの煌く宝石のような暗喩に満ち溢れた美麗な世界観は誰からも出てこないのではないかと思っちゃったわけなんです。わたくしは。
何よりもあの広い舞台に、あれほどの四次元的立体感を出せる人が他に思いつかない。
(棺桶を飛ばした草野先生は別の意味で天晴れです。はあと。)
リングのセットを斜め切りして、その中に黒の極楽鳥を満載に入れ込んでフワフワさせながら盆回すとか、一階席からはビジュアル半分しか見えてねーのに、胸ワクワクと期待させるようなあの意匠。なんであんなこと思いつくんでしょうね、流麗で幻想的な場面の繋ぎ方の巧いこと巧いこと……。
尤も、
「ここからここまではおらがスターの出番じゃ、どーだ!!客席拍手!!」的なノリを望んでいるヅカファンの皆さまにとってはおそらく物足りなさそうな展開だった感も否めないんですけど、わたくし的にはショー作品で初めて、
「妙なところで拍手を入れるとこの幻惑幻想世界を破壊するか知れんなー」
と、拍手を入れることを躊躇ってしまったような按配です。(身に染み付いたクセでやっちゃいましたが。)
そのヅカ的定番演出を半分くらい無視した自由度、ご自身の退団公演とはいえ、実はトンでもなくスゴいことだと思いましたよ。
オギ―先生ほどの才気があれば、外の舞台でも(今までもそうでしたが)これからはもっと自由に表現の幅を広げて行ける事と思いますが、たとえ諸々の制約は多いとは言え。
これだけの豪華衣装と(使い回しが多々あるとしても)舞台装置と常に生オケを使える所なんて外に出たらなかなか無いでしょうし、何よりも不思議パフォーマー集団、タカラジェンヌが舞い、演じるからこその幻想的な眩さというのはここでしか表現できないんですから、本当に勿体の無いことだと思う次第です。

続きまして「マリポーサ」の方。
M塚先生らしい、男気に溢れる骨太なお話でした。
えーと「1950年代、南米のどこか…」って、キューバっぽいですよねこれは。
腐敗しきった親米傀儡独裁政権の下、祖国の未来を憂える血気盛んな活動家達を、大人らしいクールさと芯に燃え盛る情熱で、ストイックに支えた男達の物語。
主人公の心情、男の友情、理想と挫折。幾多の戦火の中、他者を犠牲にして生き残り続けて来た自らの命に対しての思い、どれをとっても破綻の無い、ブレのない一本線の太さ。
とはいえ。
やっぱりこれって、800席くらいの箱で幕間入れて上演するともっとすばらしい作品だったかなーと。
(M塚せんせい作品のお約束ですけどー)

ま~~~たまた、このお芝居のミズ様とユミコ様が二人ともパないイイ男なんですのよ~、そこの妙齢のお嬢様!!
今から彼氏を作るなら、これくらい気骨があり、志高くしなやかで強い男がオススメですわよ、ま、こんな男達は生まれてこの方M塚先生の作品の中でしか観たことないんですけれども。
生きていれば、マリポーサの花を毎月この日に一輪君に贈る……なんてなキザったらしいことが似合うのはネロ様(ミズ氏)くらいしか居ないんですけども。
でもでも、スーツものの美学、ここにきわまれリだったのですわ。
もう、タメ息ものでカッコいい……あまりにも色気ありすぎる。いつまでもこの見事な人たちを眺めて居たい、でも長すぎる……場面の尺が……。静か過ぎる……。舞台が……腹が鳴る、周囲に響く、ああ、ちと憚りにも行きたくってきた……。時計をチラ見、げ、まだ開始45分か。あと1時間45分……(脂汗)
ま、そのように。
「このメチャクチャカッコヨス男達にズキュウウンと狙い撃ちされて心置きなくシビれまくりたいのだけど、どうも『一時間半、一時間』の尺に慣れ親しんだ身体に『三十分、二時間』の尺は何かと都合が悪い……」
的なジレンマに陥るので、ショーは100回観てもそらぁぁーードンと来い!!ですが、『ショー10回、芝居2回』なんて割引回数券があったりしたら丁度良く通えるであろうか、というよな按配でございました。

ということでして、雪組公演、たろう的には激お勧めです。今年観たタカラヅカ作品の中ではベストワンと申し上げたい。
海外モノが二本もあったのに、それを抑えてベストワンって言う私ったら勇気あるー!男らしいぃぃ!!あ、オレの背中に孤独の「孤」の字が!(←あ、なんかまた観てきましたね。)
まあ、ポップよりどっちかって言えばオルタナって人にはソロモンの世界が瞳と心と耳の奥深くに届くと思いますし、ワールドワイドな視点での近代史にご興味がある方には、マリポーサの脚本も味わい深いでしょうし、その辺りのニーズが合致している皆さまには雪組公演、相当ウケるんではないかと思いました。いや、マジで。

そして既にご覧になった方には蛇足でございますが、ソロモンではオウキカナメ氏が油断してるとチビるくらいに美しいビジュアルで登場されますから、未見の方は気をつけて下さい。っていうか、この人ったら、ゴージャス系の美人だけでも充分なのに、お芝居もずいぶん巧くなったなーと、結構感心してしまいますた。

最後に。勿論、月「ミーマイ」も星「ピンパーネル」もとても楽しかったでやんすのよ。
宙の「黎明…」花の「愛と死」もいろんな意味でおもろかったですし。花に至ってはたろう的には超のつくバカウケで(妹萌えだけでも爆笑なのに、兄弟で一人の男を争うBL風味??)書こう書こう、と思っている内に時期を逸しました。ひどく遅筆ですので、どうもそーいうことが多いわけでございます……。

と、いうわけで、次回は「孤独の孤の字が見えねえかーー!!」の感想などお届けしたいと思ってます。いや、初演を数回観た、という稀少?なお客の私から観ても、再演、そーとー面白かったっす。もう千秋楽になっちゃうから、まだの人はどうぞお急ぎ下さいませ。根性をお出しになって!!

| | コメント (0)

2008年3月 7日 (金)

皆さま、春ですがとうぞ雪組公演へ***

関東地方にも黄砂は吹いているようで、ウチの車も数日でブワーーーっと薄汚れました。
フロントガラスが砂粒でばーりばり。
春って、風が強いのと、外出の際、何を着たらいいのか分からないのがイヤざんすね。

本題。ワタクシ、雪組を観劇してまいりましたの。

キムシンのラブコメ・・・キムシンの、お洒落なラブコメ。

あの、惨殺王子、(コラ。)キムラシンジ先生が、お洒落。

パンフレットで確認したところ、キムシン先生は原点回帰なさりたいそうです。
カレシに何があったのかと、心配になりました。私は従来路線でも構わないのに。
そして、このたびは原作モノが多いキムシン先生初(ですか?)の、フルオリジナル大劇場作品。これまで先生は、オリジナルについてミョーにご謙遜気味の姿勢でいらしたようですが、ここにきて、すっぱりと、路線転換。

そーいえば、キムシン先生の一代前の殺戮王子、(コラコラ。)谷先生も、ある時から路線転換。この括りの路線(そんなのあったのか?)は製作時の苦悩も振り返った時の懊悩も、・・・・観るだけのワレワレの想像以上にスゴイものがあるのかもしれません。

さて、今回のお芝居、『君を愛してる-Je t'aime』lは、「貴族の娘と半年以内に結婚すること」を遺産相続の条件にされた、まだまだ遊びたい盛りの貴族の青年が、サーカスの娘に恋をして、愛すべき仲間達と共に成長しながら本当の愛を見つける、という物語です。
シンプルで、可愛らしくて、他愛もなくて、おとぎ話で、そしてハッピーで、娯楽作品として王道ではないかと思います。

・・・しかし何か。何かがとっても残念な感じなのは、ナゼ???
せっかくキムラ先生が、これだけキュート路線に改心方向転換されたというのに。

その原因は、前半から中盤までのミョーな間の悪さと、宝塚の客層を読み違えている上にどの層が狙い目なんだかもサッパリ分からない、音楽の地味さにあるのでは?とワタクシは思いました。
地味だけならまだしも、「なぜ、ココでこの人は唐突に歌いだすのだ?」というような事由でミュージカルを毛嫌いされる人々に、どうぞどうぞと言わんばかりの塩を大量に献上。これはキムラ先生の余裕でしょうか。だとしたら懐が深い。(そうじゃないでしょ。)

キムラ先生といえば、どんなに主張の強いキワい作品を作っても、派手に目を楽しませる(賛否両論ございましょうが)舞台演出と、甲斐先生の豪華な音楽という、立派な見所があったと思うのです。
・・・ところが、今回キムラ先生がコンビを組んだのは甲斐先生ではなく、長谷川雅大サンなる、外部の作曲家先生で。

そもそもミュージカルの歌曲って、ドラマティックで印象的なメロディラインが肝ではないかと思うのですが、いやはや全編に渡ってうすら寝ぼけた曲ばかり。アレンジも一聴では無印象。宝塚観たのに(←ポイント)一曲も憶えてない!!
意図不明の音楽に、さらに追い討ちをかけるかのように、肝心のキムシン先生ご自身も、先生らしい、大胆で目の玉が飛び出るような舞台空間の使いっぷりが観られず、今回はナゼか優等生的にこじんまりしちゃって今ひとつ冴えなかった。原点回帰を急ぎすぎて調子が狂われたのでしょうか。

生徒の皆さん方には、それぞれの持ち味の中から「あ、この一面はちょっと新鮮!!」と、既存のイメージに覆われて隠れがちだった魅力を引き出すような、なかなか心憎い当て書きなどもされていて、キムシン先生の根底にはきっと溢れんばかりにあるであろう、「宝塚愛」も伝わるだけに、どうももったいない・・・。
(う、一文が長い。)

と、いうわけで。
製作段階の打ち合わせがどんなものだったのか、シロウトには想像もつかないのがなんとも歯がゆいですが、もそいと音楽だのテンポだの、場面転換だの、小気味良く気が利いていれば、「キムシン、無垢に生まれ変わった記念すべきオリジナル作品」が、リズム感のある、スウィートでポップなハッピーミュージカルheart04になることも不可能じゃなかった(かもしんない。)と、個人的には思っております。
ハッピーミュージカル、なんとキムラ先生に似合わない響き
それでもワタクシは、生まれ変わったセンセイの次回作に期待致します。

私はきっと、キムシン先生のご無体に結構甘い。
カレシのイタイタしさは、なぜか打ち捨てておくには偲びないのです。
でも、好みのタイプはあくまで、藤井大ちゃんshineです。(これは言っておかないと。)

『ミ・ロワール -鏡のエンドレス・ドリームズ-』
ショーの方はといいますと、目新しくはありませんが、キラキラしたステキなショーでした。
「ショーだけ券」とかあったら、なんべんも見たいようなリラックス出来る良いショーだったと思います。
個人的には「アクア」の場面が好きでした。あとは、黒燕尾も良かったなー。
そんでもって、シンデレラはコワイくらいウツクシかったなー。(デカいけど。)

・・・特段ご贔屓の方が出ていないと、残念だった事の方が能弁に語れるものなのですね。
心から楽しかったハズなのに、ショーへのコメントは十行以下ですか。
とはいえ、私にとって宝塚観劇は他に代替するものナシ!癒し娯楽の殿堂です。(チト、背中が疲れるけど。)
たとえご贔屓はいなくとも、気軽に当日券で舞台を見れるような生活、してみたいなあ。

以下余談。

ちなみに、今回、強弁を弄して何とかキムシン先生を庇いたいためか?!たろうごときにどエラい酷評をされてしまった、「長谷川雅大」先生、見つけましたわよ♪

舞台音楽家としてはなかなかメジャーなご経歴、『SHOCK』の音楽もご担当されているのですね。(・・・確か一回くらい観たことあるな。)

ちなみに、水さん、宝塚プレシャスのインタビューに応えて曰く、「音楽については長谷川先生にものすごくご指導された」とのことでございます。余談の太線部はリンクになっておりますので、どうぞご一読を。

| | コメント (2)

2007年10月12日 (金)

今週は雪とか月とか、スマスマとか。

快気祝いに頂いたおシャレなお店の高級グリーンティより、
香典返しに頂いた緑茶が美味いと思う今日この頃。
お元気でしょうか、私。

みどりおねえさまへ。
チ●テレビで放送されるCafeBrakeは、
見たことのないCMばかりでとっても新鮮なんですの。
でも、それではたろう子、とっても困るんですの。
なんとかしてくださらないかしら。

戯言はさておき、今週の観劇、ザッツエンタテイメント。
雪組地方公演、「星影の人・Joyful!!Ⅱ」
月組東京公演「MAHOROBA・マジシャンの憂鬱」

以上2本を観劇しました。いずれもとても愉しうございました。

先ずは雪組。
水夏希サマ・・・ギザステキでした。
先日のエリザベートの時も、この人は地道ながらも着実に伸びているな、
としみじみ感心したのですが、このたびはさらに歌唱力に磨きをかけられ、
ホントーに驚きました。
声の艶、色、丸み。人によっては天賦の財産で勝負してるところまで、
努力でなんとかするホドに己を鍛えるとわっ!!おそるべし。
もしかすると水サン、このまま「歌の人」になっちゃうかも?!
努力に支えられた誠実な歌声を、たろうはしみじみと堪能致しました。
本当によい歌とは、その人の心映えが伝わる歌ではないでしょうか。
水サンのような方は、たとえどのようなお仕事をされても、いずれ頭角を現すに
違いありません。
是非、水サマのような誠実なお仕事ぶりの方とご一緒に働いてみたいものです。

・・・ばりばり男役トップスターと一緒にOLちゃんとして企業で働きたい、
などという、意味不明に地味めな妄想はさておき。

「星影の人」
水サンの総司は純粋で清清しく、素朴な男気に溢れていました。
不治の病に冒された己の運命、養生しなければあと二年の命、
全てを受け入れ尚も澄んだ明るい瞳で信念を貫き通す。まさしく幕末の美学。
死期を示した上で想い人玉勇に、
「あと二年、私と一緒に生きてください。」
と、力強く総司に言わせてしまう柴田先生の真意はどこに。
あまりにも純粋で、自分の気持ちに真正直過ぎる言葉です。
いくらでも解釈の幅はありますが、本当のところどういうお気持ちで

この台詞を書かれたのでしょうね。
柴田先生の台詞センスは随所で瞠目です。清清しい総司サマに、
「今夜の私は強いですよ・・・。」
なんてな事も言わしめてしまうのですから。
いえ、これは刺客の皆さんに向かって放ったお言葉ですが。
・・・一体これをどう咀嚼しろと。
ワタシがミズさんファンだったら、数ヶ月はこのおコトバがミズさんのお声で、

夜な夜な頭の中でフル回転し続けると思うのですが。
今夜の私は強いですよ・・・強いですよ・・・今夜の私は~~~つよいですよぉぉ~~。
柴田先生には、どう責任をとってもらいましょうか。

「Joyful!!Ⅱ」
大ちゃんのショーですが、得意のジャニーズ色は封印されておりました。お珍しい。
このショーって、こんなに大人っぽい雰囲気だったかな?と思ったのですが、
そこはそれ、ミズちゃん&となみちゃんカラーに書き換えた部分もあるのでしょう。
それにしても、まぶた重くなる場面がほとんどありません。ステキなことです。
(最近のたろうは、うっかりするとショーでも寝ますからね。)

・・・実はワタクシ、客席降りの場面で、
水サマとハイタッチしてしまいましたのっ!!きょほほほほほほほ。
(どうやら、これが一番、言いたかったらしい。)

あれから数日、手を洗っていませんがまだ水サマの残り香が致します。(・・・。)

しょーのない法螺はスルーして、月組に行きましょうか。
大劇場観劇時には、ヒサビサの遠征に疲れ果て、初見にも関わらず
「MAHOROBA」で少々寝ちゃったんですけども。
今回はちゃんと目を開けて観て来ましたよ。
目を開けてみても、寝てた時とあまり変化ナシ。まあ、残念。
それぞれ路線の生徒さんに豪華に役がついていて良かったなーとか、
桐生園加氏はタダもんじゃねぇなぁ・・・とか、
副組長サマのセリ上がり、畏れ多いぞ頭が高い!!とか。
(今からでも遅くないから退団はドッキリでしたって言ってホシイ。)
ご配慮に感謝感激したところといったらそのあたりで・・・。
スターの皆様はみなそれぞれカッコ良かったのですけどぉぉ。
ストーリーがあるゆえ、視覚的なバラエティには富んではおらず
早々に飽きがくるというか・・・。
衣装のパターンもどうしてもバリエーションの幅が狭く、同じ方向のファンタジー、
同じ方向の豪華ばかり・・・になっちゃうのでね。
お芝居だったらアリだと思うんですけどショーですからねえ。
とはいえ、モウレツにご贔屓な人が居たらおいしいのかも知れません。
ちなみに、「躍りながら幕」ってのも、宝塚的にはあんまり好きません。
出来の良し悪しとはまったく別の次元で私好みのショーでは無かったんですの。
謝先生ファンの方、浅学ものの戯言ですので、どうかお気を悪くされますな。

「マジシャンの憂鬱」
こちらは、アサコさんトップ就任以来、月ファンは長らく待ち望んでいた、
涙、涙の当たり作品ではないでしょうか。
最近の正塚先生の大劇場公演、比較的成功してるものが多いような気がします。

美術もさすがに心配りが行き届いており、何しろミュージカルとしての間合いが
とても自然で心地良し。
アサコさんはお洒落でちょい気障、コメディ場面もバシっとキマってます。
パッショネイトな皇太子キリヤンとの、とぼけた掛け合いも余裕の間合い。
さすが上級生ならではの手練れの芸です。主題歌もとてもイイ出来映え。
お芝居のフィナーレもスカっとカッコよくてねえ~~。
日々のストレスを洗い流すには、もってこいの公演ではなかろうかと。
キリヤン、ユウヒくんのスター陣、そしてベテラン陣のキラリと光る舞台センスなどなど。
月組の持ち味が活かされた舞台で嬉しい限りです。
肩肘張らずにリラックス。会社帰りにソワレを観るにはホントに良い作品です。

「ミーマイ」も、ここのトップコンビに、きっとぴったりハマッちゃうのでしょう。
音声も映像も、鮮やかに脳裏に浮かぶようです。
是非とも当たれ、当たるのだ友の会ーーー。
・・・って、そーいえばミーマイって、2幕は結構、まぶた重くなるんだった。

辛気臭い緑茶を啜りながら、甘納豆齧ってはたわけたことばかり並べる秋の宵でした。
(なんというか、時間のこなし方がムダ過ぎるのでは、ワタシ。)

続きを読む "今週は雪とか月とか、スマスマとか。"

| | コメント (0)